フリーライターなるしかねえ

社会不適合な若者の日記です

食わず嫌いしていた“演劇”を観に行ったらすごかった

 

 僕は昔から、映画や演劇にはこれといって関心がなく、積極的に関わったことがありません。見始めたら終わるまで席を外せないし、少し油断したら話の展開に置いて行かれるし、なんというか、鑑賞するのにエネルギーがたくさん必要で、気楽に触れられないところが苦手です。

 そんな僕がこの度、生まれて初めて自分でチケットを買い、観劇をしてきました。

 

 

 何を観てきたの?

 今回僕が観てきたのは、劇団「ひげプロ企画」さんの『熱海殺人事件』。大手のミュージカルや、スケールの大きなサーカスのようなものではなく、小規模な劇場での、少人数の劇団による演劇です。

 

 「ひげプロ企画」は、同志社大学の学生劇団から立ち上がり、京都を中心に活動していた演劇企画。当時はその圧倒的な熱量の演技から、京都の劇場で多くの観客の心をつかみ、根強いファンも多かったのだとか。演劇祭での受賞歴もあり、小規模ながら確かな実力と人気を兼ね備えていた団体ですが、6年前の公演を最後に解散していました。

 そんな「ひげプロ」が、生活の転機を迎えたメンバーの意向により、東京にて二夜限りの復活という形でこの度の公演に至ったそうです。今回、僕は友達の紹介で観に行った初見の身でしたが、会場の観客はほとんどがかねてからの「ひげプロ」ファンで、中には復活の報を受けて京都から駆けつけた方も多くいたとのことでした。

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 『熱海殺人事件』は、劇作家・つかこうへい氏の代表作で、イカれた個性的な美学を貫くデカ長・木村伝兵衛が、野心を持つ新人刑事・熊田留吉、愛人の婦人警官・水野朋子とともに、犯人・大山金太郎への取り調べから事件の真相に迫るコメディドラマ。40年以上前の作品ながら、キャストや脚本を変えて、世代を超えて演じられ続ける作品……なのだそうです。

 全編を通して下世話なブラックユーモアの利いた会話劇が繰り広げられる中で、シリアスな物語の本筋が進んでいく緩急が素晴らしく、複雑な人間ドラマの中に散りばめられた伏線を綺麗に回収する構成も見事です。月並みな表現ですが、笑いあり涙ありの、繰り返し何度も観たくなるような魅力のある作品でした。

 具体的な内容についてはあまり深く言及しないことにしますが、台本が公開されているので、興味のある方はそちらを参照ください。読み物としても十分に楽しめると思います。

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 ・『01 ザ・ロンゲスト・スプリング』

  ※『02 熱海殺人事件』も大筋は同じですが、今回演じられたものはこちらに近い

 

 正直に言うと、僕は少し舐めていました。そもそも演劇自体にさほど興味がない中で、予備知識もほとんどなく、「たぶん趣味の範囲でやっているやつ」くらいに考えて、期待もあまりせずに公演を迎えました。チケット代も2000円と高くなく(しかもビールが一杯ついてきた)、そこまで大したものではないだろう、初観劇にはちょうどいいかな……などと考えていたのが今となっては恥ずかしいです。なんだよ2000円って、安すぎるだろ。

 それくらい、今回みたものは素晴らしく、貴重な体験でした。本当に、すごかった。

 

 

何がすごかったの?

 

ライブ感がすごい

 僕は、演劇というと小説や映画・ドラマと同じ括りで、「描かれた物語をなぞっていくことを楽しむ」のが主な要素だと思っていました。かつて高校の芸術鑑賞会で見せられた演劇も、当時は「ふーん、こういう話ね」という観点でしか捉えていませんでした。

 しかし、今回感じさせられたのは、演劇はむしろミュージシャンや芸人のライブと同じ括りで、「その場で生まれる空気を楽しむ」ものだと考えた方が良いということです。

 生の演劇は、劇場のまさにその場で生み出され、組み上げられるものであり、同じキャスト、同じ台本であっても、全く同じ公演は存在し得ません。演者の声のトーンに差が出たり、場合によってはアドリブが入ることもあるでしょう。観客の熱量も異なれば、すべり笑いの“間”に差が出ることだってあるでしょう。

 今回の公演は、演者が主体となって演出づけられたものであったのに加えて、観客との距離感も近かったため、そういった“ライブ感”を一層強く感じられました。これも月並みな表現ではありますが、まさしく一期一会の趣がそこにありました。

 

内容の変化がすごい

 書きあがった時点で完成の小説や、撮り終わって編集が終わった時点で完成の映画・ドラマと違い、稽古や舞台にかけていく中で台本さえも変化していくのが演劇の面白さのひとつだと知らされました。

 中でも、つかこうへい作品はその特色が強いらしく、彼の作品は幾度となくマイナーチェンジを繰り返しているようです。公演期間中にも目覚ましく変化を遂げるため、熱心なファンの間では、初日と千秋楽の両方のチケットを取るのが常識になっていたのだとか。

 先にも原作の台本を紹介しましたが、今回「ひげプロ」によって演じられたものはこの台本と多くの部分が異なります。随所に時事ネタやオリジナルのおふざけが盛り込まれていたのはもちろん、登場人物の迎える結末まで変わっていたのが驚きでした。

 その変化を加えたのが本家つかこうへい自身なのか「ひげプロ」なのか、はたまた他の劇団だったのかは定かでないですが、個人的には今回観たものが非常に好みでした(終盤、煙草を買って戻って来るくだり)。

 

目の前の役者がすごい

 とにかく、純粋な演技力を含めた、役者としての実力が高いというのが、素人目線でも理解できました。長い台詞をまくしたてる様子や、想定外の小道具の落下にも動じないアドリブ、息の合った“間”の共有まで、非常にレベルの高い演劇が観られました。僕からすれば、「本当にもうやらないの?演劇だけでも食っていけるだろ!」と言いたくなるほどです。

 今回が最後になるかもしれないということもあってか、やりたいこと・見せたいものを全部出すんだというような気概が感じられ、声や動きを惜しみなく出し切るような活力がありました。アドリブや脚色にものびのびと自由な遊び心が見られました。「ミュージカル女優になりたかった」というくだりから突然『テニミュ』が始まったときはめちゃくちゃ笑いました。マジで誰よりもデカい声出ちゃった。

 そして、そんな役者さん一人ひとりの一挙手一投足に釘付けになりました。舞台の上で役者さんが放つエネルギーを、全身に浴びたような感覚があります。ギャグシーンの多い演目だったことも相まって、全員が楽しそうに演じていたのが何よりも印象的でした。自分のやりたいことを全力で楽しんでいる姿は明るく輝いていて、観客の目に眩しく映りました。

 

 

おわりに

 ここまで僕の拙い文章にお付き合いいただきありがとうございます。僕が食わず嫌いしていた観劇から感じたことを綴ってみましたが、うまく伝わったでしょうか。

 僕は、自分の初めての観劇体験が「ひげプロ企画」の『熱海殺人事件』で本当に良かったと思っています。この劇団で、この演目で、何よりこの熱量だったからこそ気づけた演劇の魅力がたくさんあります。この公演に携わったすべての人と、この公演を紹介してくれた友達に感謝を述べたいです。本当にありがとうございました。