フリーライターなるしかねえ

社会不適合な若者の日記です

『タイムパラドクスゴーストライター』番外編が思いのほか良かった

 大好きな『タイパク』の2巻に書き下ろされた番外編。単行本の書き下ろし特典だったので言及せずにいたが、この度ジャンプ+で無料公開されてしまったので改めて雑感を述べてみる。

 正直、単行本発売から1ヵ月と待たずに無料公開されるスピード感がもう既に面白い。この完結編を目当てに単行本を買った人は裏切られた気分だろうな。
 もう買いたい人は既に買った頃合いだろうし、今後売り上げが伸びる可能性よりストーリーそのものが忘れ去られていく可能性の方が高いので、このタイミングでの公開は悲しいかな理に適っている。笑っちゃうくらい的確な判断。

 

これまでの話

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 後日談として作中の結論(届けたい「同類」に向けて伝えたいものを描く)を補強しつつ、批評に対するお答えをいくつか用意しましたよ、という内容。
 相変わらずツッコミどころも満載で、『タイパク』ファンの俺からすると大満足の完結編だった。

 

 まず大前提として、案の定、佐々木哲平の盗作への報いはなし。途中、申し訳程度に佐々木が死にかけるシーンはあるが、これは精神と時の部屋を使った代償であって盗作の罪に対する罰ではない。
 なお、ここは打ち切りが確定してからのメタフィクション的なストーリー展開に落とし前をつける部分であって、これはこれでスッキリ度が高い良シーン。

 罰こそ受けないものの、作中での償い(?)として、多額の現金を藍野家の前に放置するという荒業を披露した。一応これが「盗作でアイノから奪ってしまった収入を返しましたよ!」というアンサーのようだが、あまり解決にはなっていないし、むしろ事件性があって地獄。素直に受け取ってもらえても拾得物扱いだから金額はめちゃくちゃ減るし……。
 今後も『ホワイトナイト』の印税は佐々木哲平のもとに入り続けるだろうけど、一体どうするつもりなんだろう。この一回で解決したつもりだとしても、今後もこのやり方で金銭の譲渡を繰り返すつもりだとしても、いずれにしても大問題。すごい。

 ただ、この漫画に関しては盗作の罪は不問とするのが正しい読み方なので(こんなことがあっていいのか?)、この辺りはもはや気にするべきではない。ここさえ上手に無視してしまえば、この番外編は『タイパク』を綺麗に締めくくる納得の出来だった。

 

 個人的には、キャラクターの考え方に(作者の中では)筋が通っていたことを確認できたのが良かった。作者の抱える問題は「情報の出し方」の部分で、特に作者と読者が持っている情報の差に無頓着だったことだな、と改めて感じる。

 この番外編が単行本に収録されると聞いた時は、どうせまた総ツッコミを食らうだけのエピソードだろうと高を括っていたので、思いのほかスッキリさせてくれる内容に驚いた。未だ大量の不明点が残されてはいるものの、ある程度の一貫性が見えただけで俺はめちゃくちゃスッキリしてしまった。

 

 『タイパク』はひとまず漫画家漫画として終わったと俺は解釈している。本当はここに犯罪サスペンス漫画とタイムリープ系SF漫画の側面が加わるはずだったが、どちらも完成を見ることは叶わず、明確に結論まで至れたのは漫画家漫画の部分だけだった。

 漫画家漫画としての『タイパク』がテーマとしていたのは「誰(何)のために漫画を描くのか?」といった作品論・創作論で、最終的に「全人類が楽しめる漫画など存在し得ない」、「自分が楽しんで描くことが大事」、「誰か一人に届けばいい」みたいなところに落ち着いた。
 前回も述べた通り、この結論さえも当初から想定されていたものではない気はしている。仮に打ち切られずもっと尺が使えていれば、きっと「透明な漫画」論の掘り下げが丁寧に行われていたはずなので……。
 佐々木哲平もアイノイツキも、一連の経験の末に“全人類が楽しめる漫画”を諦めた。「みんな」から「同類」に狙いを絞ったと言ってもいい。それ故に佐々木は打ち切りを連発し、アイノは立て続けにヒット作を生み出している。
 佐々木は全く新しい形の物語を作ることに楽しみを見出し、挑戦を繰り返してスベり続けている。一方で、アイノは天才故に「自分が楽しんで描いた漫画」が自ずと「多くの人が楽しめる漫画」になっている。最後の最後までこの対比は残酷なほど見事だった。

 

 本編未登場のまま単行本の表紙を飾ったでおなじみの主人公の師匠キャラ、七篠権兵衛先生も満を持して登場。方向性の変化に驚きは示しつつも、現状を肯定してくれる理解ある師匠として描かれた。わずかな登場シーンではあるが、彼女も彼女の立場からの考え方は一貫している。

 読者目線(=盗作を知っている立場)で読むと「『ホワイトナイト』みたいなストレートな少年漫画を描けるのが哲平の持ち味だと思っていた」という七篠先生の見立ては見当違いもいいところだが、彼女の知る佐々木哲平は「みんなが楽しめるような漫画」を描くために努力を続けていた漫画家なので、彼女目線だと佐々木が『ホワイトナイト』を生み出したという文脈には違和感がない。
 これは岡野の「お前の人間味が詰まってるってカンジしたぜ!」も同様で、彼らは「ついに哲平が理想を実現したんだ!」くらいに考えているということだ。ただ、例によって読者目線ではとてもそうは見えないところにこの漫画のヤバさがある。たまらん。

 個人的な見解で言えば、師匠キャラはいつか盗作を見抜く存在(または佐々木哲平が盗作の罪を打ち明ける存在)になり得るポジションだったと思うけど……。いや、『タイパク』は盗作サスペンス漫画ではなかったので関係ないですね……。

 

 評価が難しいのが菊瀬編集。彼もまた彼自身の考えに一貫性を持っていたことは分かった。つまるところ彼は「透明な(=誰でも描ける)漫画」の否定者であり、それ故に佐々木への態度も否定的であったという文脈だ。
 彼に対する佐々木の「デリカシー死んでますね」もどの口が言ってんだって感じではあるが、盗作の罪は全て“大嘘憑き”しているので彼の名誉を棄損したことにも配慮は一切ない。至極当然のことである(本当に?)。

 ただ、最終的な佐々木の方針が菊瀬編集の指摘通りになっているのはよく出来すぎているように思う。これが意図的なものなら実に見事な手腕だけれども、何度も書いている通りこれが作者の元々の狙い通りなのかと言うと……。やはりどうしても引っかかるし、納得できない。
 結局、どうしても「じゃあなんで本編であんな酷い扱いのまま放置したの?」という疑問が晴れない。本当は別の結論を用意していたが、打ち切りによって簡単な落としどころを探さざるを得なかった結果、たまたま急拵えで用意した結論に菊瀬編集のスタンスもハマっただけなんじゃないか……などと邪推したくなってしまう。

 どれが意図的でどれが意図的でないのかが分からないほどノイズが多くてぐちゃぐちゃだから、考えれば考えるだけドツボに嵌まる。怖いよこの漫画。

 

 あとは気になったところで言うと、少年ジャンプの3アウト説が否定されたところか。打ち切り経験者に希望を残す話ではあるもののかなり厳しい内容でもあるので、これをまさに3アウト目の伊達先生に描かせるというのはなかなか酷だし、当てつけなのではないかとすら思う。
 いっそこれも邪推すると、やはり不仲説は正しかったように思えてくる。少なくとも、足並みが揃わなかった部分があるのは間違いないのではなかろうか。伊達先生は『TOKYO WONDER BOYS』でも原作無視の前科があるというし……。流石にこれはちょっと考え過ぎだと思いたいけど。

 

 

 取り留めのない文章になったが、俺の思ったことは概ねこんなところ。

 なんだかんだ言って、完結してもなおこれだけ人の頭を悩ませる『タイパク』は、人を惹きつける恐ろしい魔力を持った規格外の打ち切り漫画だと俺は感じてしまう。打ち切り故に(打ち切られなくてもそうだったかもしれないが)様々な捉え方が出来てしまうし、読者の解釈や感想も人によって千差万別の様子が見られる。
 残念ながらそれらの反応は作者側の意図したものではないのだろうけれど、俺はこれに存分に楽しませてもらったし満足している。『タイムパラドクスゴーストライター』が面白い漫画だったと言える自信はないが、『タイムパラドクスゴーストライター』を読むという体験は最高のエンターテイメントだった。

 貴重な作品をありがとうございました。市間先生・伊達先生の次回作に期待しています。